マインドコントロールと終末の審判

終末の審判

集団ストーカーという現象の本質がマインドコントロールであることを集団ストーカーとマインドコントロールの記事でも書いたのですが、これはストーカー行為があまりにも常識はずれで奇妙であることの説明にもなります。

不特定多数で個人をつけ回して嫌がらせをする行動を何の目的でやってるのかと疑問に感じるのですが、くり返しによる暗示効果と周りのみんなが自分を否定してる状況を作る社会的影響の作用を期待した、脳の錯覚を起こそうとしてるものです。

被害者の認識を歪めようというよりは、脳の無意識の思考を操作しようとしているのです。

今の社会には、企業などが仕掛けるマインドコントロールを意図した情報があふれています。

TVのコマーシャルなどによって、消費者の購買行動を左右する使われ方をしてるのが一般的です。

それ以外にも、ブラック企業なんかでは新人研修と称して、新入社員を従順な歯車に仕立てようとすることもあります。

こうしたマインドコントロールが社会のいたるところに潜んでいるのが、実態となっています。

そんなことが現実にあるとは思えないと考えるのが普通かと思いますが、この世界は人間の心理のメカニズムを基準として設計されたバーチャル空間でもあるのです。

シミュレーション仮説とかホログラフィック原理というのは、この世界の根本にあるのは物質ではなく情報であると主張しています。

最新の科学研究によると、私たちが住んでいるのは物質セカイではなく、ゲームのような電子空間に近いものだと言っているのです。

この説を採用すると、人間の社会が心の動きやメカニズムを基準に、心を操作したりできる環境として作られたように見えることを矛盾なく説明できますね。

世の中には食べ物、ファッション、電子機器、仕事などあらゆる場面で、誘惑や心理操作が行われます。無意識の思考を改造しようとするこのような試みは、なぜ行われているのか? これは、考察してみる価値のある問題です。

人間の選別

筆者がいろいろ考えてみた結果、この説がもっとも自然に説明が付くと思われます。

聖書にも記述されているのですが、神は終末の世において人間を生きる価値のある者とそうでない者とを振り分けて、生きる価値のない者は火で焼かれるそうです。

終末思想というのは多くの宗教にも書かれている事柄で、キリスト教や仏教、ヒンドゥー教、世界各地の神話などにたびたび出てくる考え方でもあります。

科学的とは言いにくい思想なのですが、現代の状況をうまく説明できるのなら、その仮説は考えてみる必要のあるものです。

ものごとを矛盾なく説明できる理論があるのであれば、どんなに突拍子のない仮説でも、科学的にはそれが真実です。

聖書によると、神の使いには天使と悪魔がいるのですけども、天使のほうは神に従う存在ですが悪魔は反対に神に反抗します。

平たく言うと、この世には善と悪の二つの勢力が存在しています。

それで、今の社会でマインドコントロールを仕掛けているのが悪の勢力心理操作に対抗するための知識やツール・環境を与えるのが善の勢力と考えてみましょう。

人間はさまざまなメディアに接することでいろんな宣伝や広告を目にします。何も考えずに生活していると、自分でも知らないうちにお金を使ってしまったり、仕事の奴隷みたいな状態になっていきそうです。

自由な時間とか無くなっていきますよね。

この奴隷歯車状態になってしまうのが悪魔による仕業なのではないかと。というか、こんな生き方が幸福とは思えませんので悪意のある者の計略でしょう。

それと反対に、私たちは心理学の知識を調べることもできます。本を読んだりネットで調べれば、わりとカンタンに心理操作のテクニックが分かります。

無意識のマインドコントロールに抵抗する手段があるわけです。

それどころか、人間心理の法則を知れば、我々ふつうの人間もそのテクニックを使用することができますよね。

ブログ記事で説得力をもたせるために、特定のキーワードを単純に連呼するみたいなこともできると思いますし。(単純接触効果

選挙の演説って、なぜか候補者の名前を連呼してるだけだったりします。政治思想なんかはほとんど語っていません。

あれは、一般人に政治家の目標や人柄を理解してほしいためにしてるのではもちろん無く、人間の脳に候補者の名前を刷り込ませる目的で行ってることです。

意識ではなく、無意識のシステムに対する心理操作です

音楽なんかでも、特定のフレーズをくり返す感じの曲ってけっこうありますよね。そして、くり返されたフレーズは頭に残りやすいんですよ。わりと脳は単純な仕組みであります。

ちなみに、同じ曲を何回か聞いてるうちによい印象をもつようになるのは、単純接触効果によるものです。くり返し聞いているとたいして名曲じゃなくても、好きになったりしますよね。

こうした心理法則を学ぶことは、さまざまな宣伝から自分を自由にするだけでなく、自分でもテクニックを使用できるということなんです。

人間を相手にするのでなく、脳に語りかける魔術みたいなもんです。人の精神にたいするハッキングですね。悪用も善用もできる可能性があります。

ただ、マインドコントロール自体にもできることの限界はあるので、悪用するにも何でもアリというわけにはいかないでしょう。基本は、人の気分を変える技術なので。無意識に作用しますが、その者の理性的な思考までは操れないんですよ。

自由なる者と束縛される者

悪魔のマインドコントロールの誘惑に操られて、なんか社会の歯車みたいになるのは束縛された生き方です。

天使の与える知識やツール・環境を用いてコントロールされない側へ行くなら、自由な生き方になります。

なんで社会がこんな構造になってるのかは筆者にも分かりません。

ただ、どういうわけか人間は選別されているようです。

心理学を使うというのは、これ自体ちゃんとした科学ですので、安定的に『再現性』のある技法といえます。

何度でも安定して結果をだせる知識であるということです。

悪魔の用いる技法ではありますが、科学の法則に基づいたものでもあるので、コントロールされるのではなくコントロールする側になることができそうです。

人の心理構造を理解して、自由になれる可能性が与えられていると言ってよいのではないかと。

インターネットというツールがある現代では、個人が魔術を使用できる環境も与えられていると言えます。

人間を食い物にして成り上がるのは自然の摂理なのか?

ビジネスというのは人に価値あるモノやサービスを提供して、対価としてお金をもらう行為のことです。

ですが、その過程で人の脳に改造を加え、無自覚のうちに思考を操作するという手順が含まれていることになります。

これは、現代の社会では程度の差はあれど広く行われていることです。

我々は他者に思考をコントロールされながら生きています。

もちろん、自分の理性でもって重要な決断をすることはちゃんと可能です。

しかし、ビジネスにおいては人の思考を多くコントロールできた者が勝つのです。

心理学というのは、確かに効果のある手法ですからね。

自由になるために心理テクニックを駆使して、他人を操ることは必然になります。インターネットでビジネスをすることもお手軽になった現代ですが、その根本にはパソコンやスマホの向こう側にいる人間を脳レベルでハッキングし、改造するという実態があります。(大げさに言ってますが、あくまで人の気分を変えるだけであり、理性の思考までを操ることはできません。)

商売とはそもそも、お客に買う気にさせないと成り立たないのですから。

そこら辺に罪悪感をもたないのなら、ためらいが無ければネットビジネスなんかを始めてみるのは有益な選択かもしれません。

とくに集団ストーカーの被害者の人は、職場などでもひどい目に遭うという話をよく聞きます。(筆者も、実際にそうでしたし。)

ネットのビジネスは個人でやるので、ストーカーも気になりません。

被害者は全国にいて似たような悩みをもってる人がたくさんいるので、集団ストーカーの被害の体験をブログに書いたり、電子書籍を書くことでもお金になるそうです。

実際にネット上にそういうブログはありますし、Amazonにも電子書籍が出版されています。

私はなんとなく、同じストーカー被害者を商売の食い物にするのはイヤだなと思って、あまりやる気もないんですね。

弱者をターゲットに金を稼ぐのが、どうにもノリノリになれませんでした。

「そうか。同じ被害者が全国にいるんなら、そいつらに向けて解決策の分からない集団ストーカーに関するテキトーなブログを書いて、広告収入で儲ければいいんだ。よおおし、がんばるぞーー!!」

って、ならなかったんですよ。

弱肉強食が生物界の摂理とは必ずしも言えません。社会性の生物というのも進化しており、それらは共生や相互の協力によって生き延びています。

アリとアブラムシは共生関係の一例です。アブラムシは甘い蜜を提供して、アリはその対価としてアブラムシを外敵から守ってあげます。

困ってる者から奪うだけが生き残る手段ではないことを、生物の進化は教えています。

そういういろんな試行錯誤などあって、このブログは単に集団ストーカー被害について書く内容でなく、集団ストーカーという心理工作を科学的に分析してみることがテーマの一つになりましたね。ブログの書き方を教える内容でもないです。

マインドコントロールという社会の裏側を明らかにしようというのが一つの目的です。それはこのブログの主テーマである『シミュレーション仮説』にも関係しています。集団ストーカーは、まずシミュレーション仮説を認めないと、説明のできない事柄ですので。

さらには、マインドコントロール自体がこの世が存在してる理由とも、深く関わっていると思っています。心を操ることによって、人間の選別が行われているからです。

コントロールされる側になるか、仕かける側になるかで、人間は分断されます。自由と幸福を手にいれるために、他者のそれらを侵害することが必然となります。

他人の幸福を侵害することで自分が幸福になるシステムの社会で、人は納得しながら生きられるのでしょうか? 神はなぜ、この世界を創造したのか不思議というか、疑問を感じます。

システムそのものを否定はしませんが、神を肯定する気もとくにありません。

このブログはあくまでマインドコントロールの存在を否定する立場です。(つまりは、社会システムを否定する立場とも言えますが……。)

集団ストーカーの被害者に多少は救いとなれば、記事を書いた意味があったと思います。

思考をコントロールされたまま束縛されて生きている人にも、参考にしていただければと願います。

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