このブログの主旨について。この世界について。

バーチャル世界

初めまして、『シミュレーション仮説を科学する。』を執筆してるマサヒロと申します。

このブログでは「この世界はどのように存在しているか?」という根本的な問いについて、科学的に考察していくという試みをしていきます。

世界中の科学者が過去にも現在にもこの世のあり様を明らかにしようとしてきました。現代の学説では宇宙はもともと無の状態にあり、それがビッグバンと呼ばれる大爆発を起こして空間が広がったと言われております。

しかし、これはあくまで主流の学説にすぎず、他に多くの学者に認められてはいないが(というより考察されることのなかった)マイナーな学説があることも事実です。

シミュレーテッド・リアリティとかホログラフィック原理と言われるもので、現代ではすでにそれなりの知名度を得ている考え方でもあります。

これらの仮説の要点は、宇宙が3次元の物質世界であるという理論を否定していることです。3次元を否定して、宇宙は2次元だと言っています。

そして、セカイを構成するのは原子や素粒子などの物質ではなく『情報』であると主張するのです。

新しい時代の理論と考え方

これは、古来から発展してきた物理学とはまったく別の方向性をもつ理論であると言えます。今の物理学は、世界はまるでコンピューター・ゲームのような情報とプログラムでできたシミュレーション世界なのだと予測しています。

昔の物理学者はコンピューターなど持っていなかったはずで、『情報』のセカイなどというのは思い描けなかったのでしょう。あくまで『物質』を観察の対象とするしかなかった。

しかし、現代ではコンピューターはどこにでもある状況なので、プログラムで作られた宇宙を想像することもできるし、コンピューターそのものを用いて実験することも可能です。

過去と現代では時代的な状況が違いすぎるため、物質時代に築かれた理論を引き継いで発展させる流れは、ゼッタイに正しいなんて誰も言えません。

情報時代には、新しい考え方の理論が生まれても決しておかしくはないのです。そして、情報のセカイというのは従来の物理学を否定するような内容でありながら、物理学の体系を内包して書き換えるものでもあります。

新しい理論はセカイを支配する物理の法則とは矛盾しません。古来の物理学は依然として正しい理論です。物質の動きを明確に予測できる法則の集まりであり、何も間違ったところはないのです。

では、何が書き換えられたのか? それは存在への解釈のし方です。

物質の動き方は今までどおりの理論で説明できますが、その物質は情報であり、動き方は宇宙の法則ではなく人為的なプログラムであると解釈します。

目に見えるセカイは何も変わりません。ただ、その意味が書き換えられます。

つまり、この世界はゲームのようなシステムで作られたものだと。

人間がもつ色彩の感覚はすごい。

いくつか例を上げて考えてみましょう。

まず、人間はこの世界を脳で認知していることから、我々が目で見て感じているセカイは実は脳によって計算されて作られたものでしかないです。

犬の視界は白黒だという話を聞いたことがある人は多いのではないでしょうか。実際は少し色を識別できるらしいのですが、人に比べると単調な色合いのセカイを見て生きてるようです。

これは目の細胞が衰えているためにそうなるのですが、生物がセカイを脳で認知してるからこそ起こる現象です。私たちが感知してる世界は脳の中で作られた映像というわけです。

電気が感覚神経を伝わって、そのシグナルを元に脳がセカイを映し出しています。

実はわれわれが見てるこのセカイは、目の網膜に写し出された2次元の動画だったりします。それを脳がうまいこと立体的に感じさせてくれてるんですね。

ここで、ある疑問が湧いてきます。

脳の中にあるセカイがもともと網膜上の2次元の平面なら、網膜の向こう側にあるセカイは2次元なのか3次元なのか?

そもそも網膜のスクリーンの向こうに世界は存在しているのか?

じつは世界は3次元ではない?

これまでの科学では3次元のセカイが存在するとされてきました。ですが、今の最新の理論では実体としてのセカイは2次元ということになるのです。

この理論は何ら矛盾はありません。セカイが2次元の情報だとしても、それを擬似的に3次元に見せる脳のシステムによって、あたかも物質を基本としたセカイが実在してるように錯覚させられていただけなのです。

昔の学者は、すぐれた脳の機能により騙されていたことになります。過去の学説では、物質の基本単位は「原子」という3次元の球体だと考えられていましたから。

現代では、基本となる単位は原子ではなく「情報」だと捉えるようになりました。そして、そもそも3次元のセカイなど存在しないのだと言っています。

ゲームのように、2次元の平面に投影された見せかけの(擬似的な)3次元セカイがあるだけなのです。

われわれは、なんとなく「そこにセカイがある」と感じてるだけだったりします。物質としては実在しないものを、本当に在るものとして信じてきたことになります。

ソードアート・オンライン

ちょうど、『ソードアート・オンライン』のような世界をものすごく高精細なゲーム機で体験してるようなものと考えればいいでしょう。

この仮説について、当ブログではいたって科学的に考察していくことにします。

物体に色はない。

この世界がゲームだという証拠を一つ上げるなら、物体の「色」があります。

色は光が物質に当たって反射したものを、目の細胞が電気的なシグナルに変換して脳に神経を通して送ります。脳はそのシグナルから3次元の世界の色彩を生み出してわれわれに体感させるのです。

この色は光の周波数によって決まるので、脳がセカイに色を付ける前には物質や光に「色」はありません。色は、脳がセカイのぬり絵に色えんぴつで描きこむことで、初めて生じるものです。

実際に、犬の見ているセカイは人に比べるとモノクロに近いものです。目の細胞や脳の構造がちがうとセカイの見え方も変わることになります。

色は脳の中で描き込まれてはじめて現れるものです。本来、セカイに色はありません。色彩とは、もともと光の周波数の違いにより生まれるものでしかないからです。

そして、私たちが見ているセカイはやたら高精細で美しいですね。

PS4の画質

ハイスペックなゲーム機であるPS4でさえ、現実の光景には劣るばかりかやたらロード時間が長かったりもします。しかし、人間の脳はゲーム機よりもはるかに美しい景色をリアルタイムに構成しながら、なおかつ止まったり故障するということもありません。

最新のコンピューターを超えるおそろしいスペックを持ってるといえます。

生物は進化の過程で、必要な機能はのこし要らない能力は退化させてきましたが、果たしてこの高スペックなグラフィック処理能力の進化は、人間の生存・繁栄においてそこまで重要なものだったのでしょうか?

進化は余計なものを捨てる。

脳が高スペックということはそのぶん神経細胞とかもたくさん必要になりますし、それを維持するための栄養なども余計に摂らなくてはならなはずです。

生物は余計なことをしてると絶滅するので、そんな余計な進化を遂げた人間という種はふつうなら生きのこれなくて絶滅してるはずなんですよ。

ゲーム機やパソコンにしても高性能になるにつれて値段も高くなりますし、それを用いて遊べるソフトの開発費も膨らんでしまいます。

結局、携帯ゲーム機やスマートフォンなどのほうが安く作れて機能性にも優れるので、多くの人に選ばれることになります。逆にすぐれた性能をもつ据えおき型のパソコンは、重くてもち運ぶことができません。

機械だってムダな機能は減らしてコストを低くしなければ生き残れないように、生物もまた不必要な進化を避けるようになっています。

ダーウィンの進化論から、環境において必要のない余計な能力をコストをかけて獲得したところで、その生物個体は自然に淘汰されることになるからです。

進化は余計なものは捨てないといけないんですよ。

ムダにコストをかけてる人間の進化は、合理性の観点から見ると矛盾していると言えます。既存の科学はこうした矛盾をけっこう含んでいるものです。

このブログの方向性

科学の矛盾点を明らかにしつつ、新しい理論を打ち立てる。それが今の時代に必要なことであると思われます。

このブログでは、シミュレーテッド・リアリティについて詳細に考えていきたいと思います。

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